河合孝治 | カオスモス

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河合孝治

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Classical: Contemporary Avant Garde: Electro-Acoustic Moods: Type: Experimental
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カオスモス

by 河合孝治

カオスモスとはカオスとコスモスの合成語であるがこれには2つの意味がある。1つは無分別の分別化(カオスのコスモス化)、もう1つは空の実践プロセス(カオスとコスモスの絶え間ない循環)である。どちらも固定した実体を伴わないという意味であるが、これはナーガールジュナ(龍樹)の「中論」やニーチェの生の哲学、さらにデリタの脱構築の思想から導きだされた表現方法である。
Genre: Classical: Contemporary
Release Date: 

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1. ビーイングタイムフォー道元禅師
7:56 $0.99
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2. 声境
14:24 $0.99
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3. ディメンション・オブ・カオスモス
10:03 $0.99
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4. エクス・オートポイエーシス
25:32 $0.99
Downloads are available as MP3-320 files.

ABOUT THIS ALBUM


Album Notes
(1) ビーイングタイムフォー道元禅師 (2010)
ISCM World new music days2010( ISCM世界音楽の日々2015)入選のRadio fonic作品。
オーストラリア「ABC classic FM」で放送された。道元の思想「有時」はハイデッガーの「存在と時間」の哲学に影響を与えたしばしば指摘されることがある。「生成」「関係性」「無意識」という固定した実体をもたない無常の世界、そこに「人はどこから来て、どこへ行くのか」と言う単純かつ究極的な問いに答えるすべがあるなら、それはカオス→コスモス→カオスモスという否定作業を永遠に続けるプロセスの中に一瞬一瞬自己を発見し気づく(固定観念や先入観を取り除く)こと以外にないであろう。
(2)声境:坂本未蘭の朗詠を中心とした作品。理性によって抑圧された無意識の本能を呼び覚まし、固定観念や先入観に裂け目を与え、強烈なGapping Spinner となって現代の神話となってよみがえるのである。そのような坂本未蘭の朗詠を私はあえて仏教の六境の中の「声境」と呼ぶことにした。
(3) Dmension of Chaosmos(2008) Santa Fe International Festival of Electroacoustic(サンタフェ国際電子音楽祭)入選作品 KUNM 89.9 FMで放送された
「ししおどしは」前後断絶、非連続の連続という刹那滅の象徴。
その様相はカオスにもコスモスにも換言されないChaosmos。それは無分別の分別化(カオスのコスモス化)、もう1つは空の実践プロセス(カオスとコスモスの絶え間ない循環)である。
(4)EX-Autopoiesis(2015)
オートポイエーシスはウンベルト・ マトゥラーナとフランシスコ・バレーラにより提唱された心的システムの概念であり、仏教の内部観測の認識論から多くの影響を受けている。それは観察者の立場で、設計図を描くのではなく、自己の作動により外界(他者)へと自己の存在がその都度、境界として決定されるのである。換言すれば自己意識を一端開放し無意識、無分別智の世界へと投企し自己言及的に再び舞い戻ってくることでもある。この作品で多用しているホワイトノイズはあらゆる周波数を含む、臨済禅で言う「喝(かあああああああつ)」と言う一端思考を停止させる無分別智の象徴のようなものである。高揚するホワイトノイズによって包み込み込まれ、すべてはホワイトノイズとなって自己言及的に回帰する。 (そこには、理性による意識と分別という調和や構造は存在しない)そこで認識されるのはドゥルーズがニーチェの「永遠回帰」を「差異と反復」と解釈したように、非連続の連続と言う刹那滅で無常な世界である。

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